活けた花を愛でる歴史

華道としては、室町時代中期、京都六角堂の僧侶により確立されました。代々池のほとりに住まいしていたことがのちに流派の名前となりました。家元、宗家らによって江戸時代中期にかけて立花(たちばな、りっか)と呼ばれる型が大成されていき、その後、江戸中期から後期になるとそれまでの上流階級・または武家階級のものから広く庶民のたしなみへと変化し、生花(しょうか、せいか)を中心に広く愛されました。とくに幾つかの流派は技巧の達人・名手を多く輩出し、多くの流派にわかれていくきっかけとなりました。また江戸末期から明治初期の頃には、世界的なニッポン文化ブームにより華道・いけばなが欧州に紹介され、ヨーロッパのフラワーデザインにラインアレンジメントの手法として影響を与えました。国内ではやがて花姿は時代の流れに即し、なげいれ花、盛花(もりばな)などさまざまな型が編み出されました。

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